■ バリ屋店主のトラベルログ ■
| 1.USA − ハワイ ジャックスという信販会社を退社し、アメリカン・エクスプレスに入社が決まったときに 入社までの時間を利用して生まれて初めての海外旅行に行きました。一人旅でした。 ダイビング団体パディのオープンウォーターライセンスを取得。 タートルベイという湾で、初めて海中を泳ぐ亀を見ました。 一人でチャイニーズレストランに入って、蟹のブラックビーンズソース煮を頼んでみました。 美味かったのでしゃぶり尽くしていたら、指がべろべろにソースまみれになっていました。 すると、何も言わないのに親切にも店員がフィンガーボールを持ってきてくれた。 器にお茶が入っていたので、当時フィンガーボールを知らなかった私は、 頼んでないけどこれは飲むんですか?と聞いたら、違うよ、指洗うんだよ、と笑われました。 初めての海外旅行でも有り、当時、英語がほとんどわからなかった。 今から考えると、かなりのアホでした。 簡単に不安げな顔が伺えたのでしょうか、 大通りを歩いていると町の通りの角から現れた黒人のねーちゃんに いきなり「車が故障したんだけどさー、きみー、金貸してくれよー」 その英語、及び話の内容を理解するのに私が稚拙なやり取りをしてかなり時間がかかったが、 彼女の言いたい事はそんな感じでした。 はじめて日本を離れた私には、結構な衝撃だった。 ふあぁ?この人は何故私に頼むのか? 見ず知らずの通りがかりにフランクに金を借りるといった事は、アメリカでは日常茶飯事なのか? 最近色々外国で悪く言われる日本人だから、ここはひとつ気前良くいった方が良いのか? 俺じゃなくて、もうちょっとまともに英語はなせる奴に頼めよなぁ。 いくつもの疑問疑念が瞬時に頭の中で舞い踊った。 そのおねーちゃんは、えらそーに腰に手を当てたまま私の返事を待っている。 しばし考えたが、いきなり金はとにかくヤバイ、金は駄目だと思った。 彼女には、確かこう言った。 「No,No,Money! No,No,Money!」 英語(他言語含めこちらがその言語の表現力に乏しい場合)で強く意思表示する時は、 シンプルな単語を繰り返すのが、効果的だと思う。 その時は、その効果を狙ったのではなく、単純なその言葉しか出てこなかった。 ねーちゃんは、何かもう少し私を言いくるめたげな顔をしていて、なにか言葉を繋げていた。 私は、細かいことはわからず、「No,No,Money!」と数回繰り返した。 しかし、しばらくしてその表情が変わり、 ハァー、だめかぁー、って顔になり「O〜K〜!」とかなんとか言って去っていった。 失敗・・・、と諦めたのだろう。 しかし、よほど私がカモれるような顔を晒していたのだろう、今となっては笑える思い出です。 |
![]() 飛行機からの美しい風景 |
| 2.Thailand − バンコク、プーケット プーケット島では、バイクで島を一周しました。 原付でしたが、ヘルメットなしで走るとすんごく開放感を感じました。 俺はリゾートで遊んでいるぞ!って感じがすごくした。 プーケットから船でピーピー島に渡りました。 その後も色々な海に行きましたが、 ピーピー島からボートのような小さな船で さらに20分ほどの小さな島でダイビングした時の海の美しさは、かなり記憶に残っています。 ごく小さな入り江は透明度が抜群で、スキンダイビングで思いっきり堪能しました。 小さな魚や珊瑚が豊富で、泳ぐことが凄く気持ちよかったです。 そこには、私とドイツ人のカップルと案内人の計4人しかいませんでした。 天候はすこぶる良く、海も最高に美しい。ほんとにパラダイスのようだった。 ダイビングでは、ドロップオフで巨大な珊瑚を見たが、海底までかなり距離があるのだろう、 底無しのように感じる足元の暗闇は少なからぬ恐怖を感じました。 今でも私はスキンダビング、素潜りのほうが好きです。 バンコクでは、お決まりのカオサンに泊まりました。バックパッカーです。 タイスキに食らいつき、唐辛子のむちゃくちゃ辛いのにもあたり、パッポン通りにも行きました。 そこでは、ある店に入りました。 薄暗い店内では色々なおねえさんが中央のステージの上でくねくねと踊っていました。 ステージを囲むソファのような席につくと接客で横におねえさんが座った。 どこから来たの?とか、色んなショーがあるんだねぇー、 とか、しばらく話していると、おねえさんがしなやかに私の股間をまさぐってきました。 おおっ!と思い、私は、素直に勃起してしまった。 手を休めることなく動かしながらおねえさんは、 外へ行こうとニヤニヤしながらしきりに言って来ました。 が、しかし、その当時、感染経路がすごく不確かなスゲーヤバイ病気のエイズ(今でもヤバイけど)が怖くて、 残念だが断ってしまいました。 いやー、懐かしいなぁ。 カオサンでは、おそらくドラッグのやり過ぎだろう、 口から見たことも無い白い液体を出してぐったりした邦人が運ばれるのを見た。 バックパッカーがある特定の都市などに長期滞在してしまうことを「沈没する」といいますが、 おそらくカオサン通りなどは日本人沈没地域の最上位ではないでしょうか。 |
![]() 素晴らしい、くらくらする |
| 3.Sri Lanka − コロンボ、南部 日本のアパレル会社なのですが、コスト削減のためスリランカに衣料製造工場を持ち、 その工場の管理を行っている友人を訪ねていきました。 インド洋を見たのは、このたびが初めてでした。。 潜ってないからなんとも言えませんが、 私のスリランカでのインド洋の記憶は、あまり美しくありません。 季節によるのかもしれないが、ビーチで泳いでも海は透明な感じはしなかった。 うーん、ちょっと茶色がかっているような記憶があります。 でも、これがインド洋か、ここまで来たなぁ、という感慨は十分ありました。 友人のホテルで数日過ごした後、友人と別れて中央部にある高い山に登りました。 山頂近くの斜面は非常に急な山で、山頂には確か仏陀の足跡が奉ってありました。 そこでは、雲の動きが激しく神秘的な感じがしました。 そういえが、ふもとの道中で小さな子供二人とその母親に会い、 写真を撮ってくれと言うので撮ってあげたら、あらまーなんと、お金を請求されました。 払ったかなぁ?あまり憶えてないけど、多分払ってないかな? おそらく少し離れて見ていた母親の指令を受けていたのでしょう。 最終日、生まれて初めての五つ星ホテルに滞在。プールで泳いだ後、部屋で悶絶の下痢症状が発生。 下腹部がキリリと痛み、トイレに行き排泄、ベッドに戻ってふうー、と思うと、またすぐキリリと排泄感。 それを延々と数十回繰り返した。真夜中になり、脂汗を流し、体力をかなり消耗。これは、ヤバイと思った。 寝たいのだが、排泄感が止まらず、寝ることが出来ない。辛い。 夜中の2,3時頃さすがにこれは命の危険有りと思い、フロントへ薬くれと電話したが、 とりあえず医務室へ行けとの事。 電話を切って、これが最後だ、次にまたキリリと来たら行くかと思っていたら、なぜか運良く痛みが来ず 眠りにつけた。 翌日、よろよろと飛行場へ向かう。ぼろうとするタクシーのおっさんと途中で口論。 飛行機内では、勿体無かったが飲食物は一切取らずに安静にした。 なんとか帰国。 帰国後、成田空港で体調異常を自主申告。検査。 翌日、会社で就業中に八王寺保健所より電話があった。 開口一番 「あ、泉さん(私)ですか? あなた赤痢です。すぐ隔離します。」 ……。 救急車で運ばれることは無かったが、自力徒歩で隔離施設へ出向いた。 検査後、個室を与えられる。毎日、検便。 赤痢菌が完全に出なくなるまで隔離。 しばらく風呂も入れなかった。 赤痢菌の感染経路は、口から入り、便として出る。 私の感染はおそらく、寺院を見学した際に、その出口で魔法のランプのようなものから注がれた水を 飲んだのが原因と思う。 参拝者皆が注がれた水を飲んでいるように見えたので飲んだのだが、 今考えるとあれはおそらく皆両手で飲むフリだけをしていたようだ。 あの魔法のランプのような器は、見るからに素晴らしく汚かったから。 その後、順調に回復し、約一週間で脱隔離。 会社では、私の机や電話機、近くの便所などが消毒殺菌されたそうだ。 バイキン扱いだな、仕方ないけど。 赤痢は、法定伝染病であるので、強制隔離されるがその費用は国が支払う。 会社も有休扱いであった。 隔離期間中は、一応病人とは言え体力はほとんど復活していた。 私は、経済的負担を受けずに病院で約一週間の追加休暇気分であった。 |
![]() フルーツ!ビタミン! |
![]() バリの子供達 楽しそうだなおい |
![]() バリのバンブーランプシェード |
![]() 仕入旅バリのホテルベランダ |
![]() 仕入先のお兄さんとおばさん達 |
店主の過去
まともな勉強もせずに西南学院大学商学部を卒業し、
東京で信販会社ジャックスで約3年間働いた。
私が就職活動をしていたときは、今から見ればまったくバブルの真っ只中だった。
勉強もせず、ろくに世の中も知らないアホだったが多くの苦労は無く就職が決まった。
こんな会社で一生を送るのはどうしても嫌だと思い、次の会社も決めずに退社した。
生まれて初めてどんな組織や共同体にも属さない時間は、最初は不思議な感じがした。
今までは、家庭や学校や会社や何かしらどこかに所属していたからだと思う。
そんな不思議な時間は不安だが、新鮮な感じもした。そんなに悪くない感じだった。
収入は無いが、まったく金を使わないで飯も食わないと死ぬので支出が発生し、
金銭的なプレッシャーがあるのだが、生活していてなんだかとにかく自由な感じはした。
とはいえ、働いて金を稼がないことには家賃は払えないわ飯は食えない事態になるので職も探していた。
求人をしている幾つかの会社に応募した。
今では、その時代はバブル崩壊の真っ只中と認識されているが、
当時はまだこれからガタガタと景気が悪くなりまさかデフレになろうとは誰も思っていなかったと思う。
とりあえず、いろいろ途中です。
■ マイレージ ■
■スターアライアンス ユナイテッド航空マイレージプラス 12/13現在 32172マイル
ユナイテッドエアラインマイレージプラスセゾンカードを出来るだけ利用し、
少しずつゲインしています。ガソリン満タンは必ずカードですだ。
その他、買い物は出来るだけカードでやってます。1回払いしか利用しません。
若干ですが支払期間の猶予とマイレージのダブル効果です。
■ワンワールド キャセイパシフィック航空 アジアマイル 12/17現在 25,314マイル
前回のタイへの買い付け旅行では、チャイナエアラインのほうが約2千円ほど安かったが、
マイレージ欲しさにキャセイにしました。
いや、まったく、航空会社の思うつぼな客で御座います。
![]() バンコク市内の宿 |
![]() バリ島の州都デンパサール |
![]() デンパサールの商業ビルから |
![]() バンコクのガネーシャ |
![]() バンコク市内陸橋から |